絵本専門士のえほんのはなし。~最終回 あらためて、「絵本」ってなんだろう~
みなさん、こんにちは。絵本専門士の水野有子です。最終回は「絵本」そのものについて、あらためて考えてみたいと思います。
絵本の定義ってなんでしょう。絵と文で構成された子ども向けの本のことでしょうか。『広辞苑』第7版(新村出 編、岩波書店、2018年)を引いてみると、「絵を主体とした児童用読み物」とあります。たとえば漫画も絵が主体といえますが、それが児童向けであれば広義に絵本の部類に入るのでしょうか。どんな内容でどのくらいの文字数であれば「児童向け」なのか、おはなし全体または一場面の何割以上が絵であれば「絵が主体」といえるのか、そんな基準はどこにも存在しません。
それを「絵本」とする線引きのひとつに「絵と物語がお互いを高め合うように表現されている」というものがあります。絵と物語それぞれが個別に機能するだけでなく、どちらもが合わさることでより豊かになる表現媒体を指しています。
たとえば世界で最も読まれている絵本『はらぺこあおむし』(エリック・カール 作、もりひさし 訳、偕成社、1976年)の最初の場面。月が葉っぱのうえに小さな卵を見つける様子(原文は「In the light of the moon a little egg lay on a leaf.」(月明かりのなか、葉っぱのうえに小さな卵がありました))が描かれています。
この何気ない冒頭シーン、実はとても重要な役割を果たしています。まずは最初の一文が葉っぱのうえの“白い丸”を“卵”だとはっきり示している点。内容をご存じの方からすれば「それがどうした」と思われるかもしれませんが、もしこの明示がなかったら、初めて読む人にはこれが卵とわからず、葉っぱに穴が開いているだけに見えるかもしれません。次に表情のある月がその卵に目を向けている点。リアルを言えば、月の位置から見えるのはどう考えても葉の裏側で、卵は見えていない構図なのですが、月の目線につられて読者の目線も自然と卵へと誘導されます。日本語訳には月のセリフ「おや、はっぱのうえにちっちゃなたまご。」があるため、より効果的です。この場面を描くことで読者の意識を卵に集め、これから始まるであろう何かしらの変化や展開への期待感を一層高める構成となっています。
絵だけではわからない情報を文が示し、文で示さないことを絵が表現する。まさにこれが「絵と物語の相互作用」と呼ばれるものです。「本」という身近なモノのなかで展開するめくるめく物語。静止画だからこそ掻き立てられる読者の知的好奇心や探究心。「絵と物語の相互作用」により引き出されるそれらすべてが、心を豊かにする体験へとつながります。
紙の肌触りや素朴さを感じながら、近しい人の温かみのある声で楽しむ「絵本の世界」。想像力が豊かになる、集中力をつける、語彙力を育てるなど、絵本を読むことの効果はさまざまありますが、何より大切なのは「〈絵本の楽しさ〉を共有する」この一点に尽きると私は思います。
心豊かになる絵本をともに味わい、ともに楽しむ。そんな機会を子どもたちに与えるのは、私たちおとなの役目です。
〈完〉