絵本専門士のえほんのはなし。~その2「良い絵本」ってなんだろう~
みなさん、こんにちは。絵本専門士の水野有子です。今回は「良い絵本」についてのおはなしです。
「良い絵本」ってどんなものでしょう。ロングセラー、売れている、評価が高い、育児書などで取り上げられた、有識者が推薦する…、そんな絵本でしょうか。
結論から言うと、答えは「NO」です。
まず押さえておきたいのは、絵本が「子ども」に向けてつくられるものであるという点です。子どもに絵本が届くまでに関わるのは、作者、編集者、出版社、そしてそれを手渡す保護者、保育者、書店員、図書館員など、すべて「おとな」です。マーケティングの側面からいえば、消費者(絵本享受の主体者)は原則「子ども」でありながら、そこにたどり着くまでの流通経路はすべて「おとな」の采配によって決定するということになります。必然、出版社側のニーズ分析は、中間顧客である「おとな」に主眼が置かれます。
絵本はおとなが子どもに与えるものですから、このこと自体が悪いわけではありません。ただここで見落としてはいけないのが、おとなは絵本を選ぶとき、みずからの経験則から構成される“子ども観”に限定される場合が多いという点です。
例として『ねずみくんのチョッキ』(なかえよしを 作、上野紀子 絵、ポプラ社、1974年)を紹介します。絵本特集などでもよく取り上げられるシリーズ累計400万部超のベストセラーで、無駄のないレイアウトは芸術的にも非常に高い評価を得ています。
お母さんに編んでもらったチョッキをほかの動物たちに貸していき、最後にはべろんべろんに伸びきってしまうというおはなしです。留意すべきは、そのチョッキをブランコにして遊ぶというラストの場面を見て、「お母さんが編んでくれたものなのにねずみくんがかわいそう」と感じる子どももいるという点です。「楽しいおはなしでしょ」「みんな読んでるんだよ」といってしまうと、そんなつもりはなくても結果的にその子の率直な気持ちを軽視することになりかねません。これではせっかくの絵本の時間も楽しめませんよね。
この絵本は動物の対比が鮮やかで、文章のリズムも良く、子どもにとって身近な「貸し借り」という行為を取り入れた秀逸な絵本です。そんな絵本も捉え方は人によって異なりますし、そもそもおとなと子どもで選ぶ絵本に大きくズレが生じることは珍しくありません。当たり前のことなのに、忘れがちです。
おとなが「これは良い絵本だ」と考えて選ぶのは大前提。そこからどれを選ぶか、あるいは選ばないかは子どもたちの領分です。この間までは見向きもしなかった絵本に突然興味を示すこともあります。自分で選ぶことのできない赤ちゃんだって、よく観察すると絵本によって読み聞かせの時の反応が大きく異なることがあります。大切なのは、話題の絵本や評価の高い絵本を揃えることではなく、“生活の一部として絵本がある”ということです。
「良い絵本」ってなんだろう。その答えはいつの時代も子どもたちのなかにあります。
次回のテーマは【「おとな向けの絵本」ってなんだろう】です。お楽しみに!